WEBでちょい旅 一厘録 ICHIRINROKU

じゅうねん(えごま)(福島県)2013.08.27 /food

子どもの頃、夏の昼ごはんといえば「ひやだれうどん」だった。
我が家で言う「ひやだれ」は、「じゅうねん」という実で作る冷たい汁のこと。
じゅうねんを、焙烙で軽くあぶり、すりばちで丁寧に擦ったら、砂糖、味噌を適当に加えてさらに擦って、冷たい水を加える。
たったこれだけ、いたってシンプル。

夏の定番だった「ひやだれ」

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これを冷たいうどんにかけて食べるのだ。
いわば、一般的な「ごまだれ」の「ごま」がじゅうねんに替わったということだ。
正直いえば、子どもの頃は好きではなかった。
色も地味だし、丁寧に擦らないと、じゅうねんの実のカラと思われるものが舌に感じられる。
今食べてみれば、シソに似た独特の香りが食欲をそそる。
さらに実からにじみ出た油のうまみと素朴な味噌味がうどんによくからみ、とてもおいしい。
亡くなった祖父は、この「ひやだれ」が大好きだった。
私も、今では夏になると時々無性に食べたくなる。
おふくろの味ということか。
私が生まれたのは福島県古殿町だが、県内のどの家庭でも作るわけではないようだ。
県内出身の友人なども、食べたことがないという人も多い。
そもそも「じゅうねん」自体、福島県や長野県などの限られた地域でしか栽培されていないことを後に知った。

「十年長生き」の注目食品

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正式名称は「エゴマ」というシソ科の植物だ。
「じゅうねん」というのは地元福島あたりの呼び名で、「食べると十年長生きする」ことから来たという説が有力だ。
だが、私が母から聞いたのは、「十年撒かないでおいてもまた芽が出るから」といういわれ。
もともとの意味は後者なのではないか、と私は思っている。
主に栽培されているのは、温暖な気候にも、肥沃な土地にも恵まれていない地域である。
それはともかく、「じゅうねん」は「十年長生きできる」健康食品として、数年前から俄然注目されだした。
主成分のアルファリノレン酸には、動脈硬化や不整脈の予防、中性脂肪やコレステロールを減らす効果があるという。
たしかに、じゅうねんのひやだれが好きだった祖父は93歳で大往生した。
福島県鮫川村の「手まめ館」の農産物直売所を覗けば、えごま油、じゅうねんドレッシング、じゅうねんのふりかけなど、加工品がいろいろあるのに驚いた。
最近は、えごまを食べて育った「えごま豚」や「えごま鶏」の肉も登場している。
「えごま豚」のローストは、甘みが強く、脂身にコクがあって実においしかった。

「えごま」の意外なもうひとつの顔

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ところで、いま東京で一番よく「えごま」に出会う街は、といえば……新大久保なのである。
そう、「えごま」は、韓国料理にはなくてはならない素材。
えごまの葉は、焼肉を巻いたり、漬けこんで食べる。
あるときカムジャタンを食べると、辛さとうまみのなかに、あの懐かしい味を感じて思った。
「絶対に『じゅうねん』が入ってる!」
オモニに尋ねてみれば、やはりえごまを擦ったものをスープに加えているという。
独特のあの香りが、口の中に広がってとてもうれしい。
韓国では、えごまを日本よりずっとたくさん日常的に食べている。しかも、実から葉まで実によく食べている。
私の実家では、葉はまったく食べずに捨てていた。

「じゅうねん」のことを考えるとき、食べものの不思議を思う。
子どもの頃から当たり前に食べていたものが、実は当たり前ではなかったこと、韓国でのほうが日常的な食べ物だったこと。
いったいどういう経路で伝わって来て、なぜ私の地元古殿町を含む一部の地域では脈々と栽培を続けたのか。
ま、かんたんに言えば、よく知っているつもりだった幼なじみが、実はすごいできる奴で、しかも海外でも活躍するいろんな顔を持っていた……というような気分なのである。

ライター:本郷明美

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手・まめ・館

WEBサイト
http://www.samegawa-temamekan.com/
(一部のえごま加工商品はネット販売あり)
住所
福島県東白川郡鮫川村赤坂中野巡ヶ作116
TEL
0247-49-2556
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